蓮池薫の北朝鮮拉致から帰国当時の顔画像髪型がヤバ過ぎて現在と比較してみた

蓮池薫さんは、北朝鮮の拉致被害者で2002年10月15日に北朝鮮から帰国しました。

現在は翻訳家としての執筆活動と、新潟産業大学経済学部准教授を務めていらっしゃいます。

2019年夏の参院選に兄の蓮池透さんが出馬する事が分かりました。

今回は、蓮池薫さんの髪型がヤバ過ぎると話題の帰国当時の顔画像を現在との比較、北朝鮮に拉致された経緯を整理してみました。

蓮池薫のプロフィール

名  前:蓮池 薫 はすいけ かおる

生年月日:1957年9月29日 61歳

出 身 地 :新潟県柏崎市

学  歴:中央大学法学部卒業 新潟大学大学院修士課程修了

職  業:翻訳家・新潟産業大学経済学部准教授

蓮池薫さんは、1978年中央大学法学部3年生の夏休みから2002年に帰国するまでの24年に渡り北朝鮮による日本人拉致問題被害者として、北朝鮮で生活されました。

帰国後の2004年中央大学に復学するかたわら、翻訳者として2005年に初訳書「孤将」を刊行しました。

2005年から韓国語の教育者として、新潟産業大学に関わります。

拉致されてから30年後の2008年3月、中央大学法学部卒業されました。その際「やはり悔しい。拉致という悲惨さをかんじずにはいられなかった。」と語られました

2008年4月から、新潟産業大学国際センター特認講師として勤務するかたわら、2009年からは同大学の経済学部特任講師となり、2010年には新潟産業大学経済学部専任講師となります。

一年ごとにどんどん昇進されていますね!

2010年は講師活動と並行し、新潟大学大学院現代社会文化研究科社会文化論専攻(韓国・朝鮮史)博士前期課程に入学。のちに修士(文学)の学位を得られます。

2013年4月には、新潟産業大学経済学部准教授に昇進され、現在に至ります。

北朝鮮での生活、経験した事は蓮池薫さんにとって人生の多くの時間を費した出来事でしたので、その間の過酷さは想像を絶するレベルのものであったと感じずにはいられません。

北朝鮮へ行ったのは自分から進んで選んだ道ではなく、拉致という非道な手段によって突然もたらされた結果というのが、運命的ですね。

蓮池薫さんの並々ならぬ精神力、ともすれば破滅的な考えにも及ぶ可能性のある状況に屈する事無く、研究し、しなやかに生きていらっしゃる姿を見ると、自らの経験を無駄にせず後世に伝える使命感を持たれているのを感じます。

蓮池薫が北朝鮮に拉致された経緯

1978年7月31日、中央大学法学部3年在学中の夏休みに、実家に帰省していたところを当時交際していた奥土祐木子さんと一緒に、新潟県柏崎市の海岸で北朝鮮の工作員である通称チェ・スンチョル、共犯で自称ハン・ミョンイル(通称ハン・クムニョン)、及び通称キム・ナムジンの三人に拉致されました


拉致された新潟県柏崎市の海岸上空

以後24年もの間北朝鮮での生活を強いられました。その間に交際中だった祐木子さんと結婚し、一男一女が生まれました。

2002年に北朝鮮から出された報告書の中で1993年3月に自殺したとなっていた拉致被害者の横田めぐみさんと、1994年まで同じ集落で暮らしていたと語っており、報告書の矛盾を指摘されました。

同じく被害者の増元るみ子さんも、報告書では1979年4月に結婚し1981年に死亡したとされていましたが、1978年秋から1979年10月25日まで蓮池さんの妻と一緒に生活していて、その間に3回引っ越しをした事も証言されていますので、報告書の付け焼き刃感が露呈していますね。

蓮池薫が北朝鮮から帰国当時の髪型がヤバイ?顔画像

2002年10月15日、蓮池薫さんら日本人拉致被害の日本への帰国が叶いました。

24年ぶりの日本へ降り立つ蓮池薫さんと妻の祐木子さんら拉致被害者の方々。

髪型がよく見える画像を確認すると、蓮池薫さんの髪の質と、スタイルが合っていない感じを受けますね。

カットの仕方がざっくりなので、前髪を上げているのもあって、髪の毛全体が浮き上がっているように見えます。

個人的には、もみあげと襟足の部分にレイヤーをもっと入れたらスッキリ見えたのではないかと思いました。

蓮池薫の現在の顔画像

日本に帰国直後の写真とは、髪型が大きく変わっている感じではありませんが、自然なカットで明らかに似合っていますよね。

年齢を重ねられ、髪質も変化した事もあるかもしれませんが、蓮池薫さんの雰囲気と合っていますね。

特徴的な髪型ではありませんが、分け目をセンターにし、長さを出して少し前髪を下ろしているのは正解ですね!

最近の講演会での髪型も自然な雰囲気ですし、このスタイルが気に入っている様子が伺えます。

今回は、蓮池薫さんの北朝鮮拉致から帰国当時の顔画像、拉致の経緯の整理と、帰国当時の髪型がヤバ過ぎたので、現在との比較をしてみました。

北朝鮮で生活していた当時は外出も自由に出来なかったと語られていましたし、希望の持てる生活環境では無かったともおっしゃる通り、髪型の事まで気が回らなかった事が想像できます

現在は、日本の生活の快適さ、安全で安心な暮らしができているとの事でしたので、これからもご自分を大切にされ、健康で豊かな生活を楽しまれる事を願います。

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