我が子が不登校になった経緯と感じた事

はじめまして。

静岡県在住、2児の母です。

小学3年生の次男が不登校になり、そろそろ1年になります。

2年生だった今年2月にインフルエンザで休みが連続してから、今のところ全く学校に行かない日々を過ごしています。

そんな中、次男にとってどんな向き合い方が良いのかと色々考えているうちに、日々の記録を残したくなりました。接し方や行動、母である私の内面の変化を綴ります。

後の自分に向けて残す記録です。

 

幼稚園の頃から行き渋りはあった

4年前に遡りますが、幼稚園に入園当初より登園を嫌がり、泣きながらバスに乗せた日々がありました。

年小の半ばまでは朝のお迎えバスに乗るのを嫌がる毎日でした。

家を出る時間が近づくと着替えを嫌がったので、あの手この手を使い着替えをさせ、泣きわめく次男を抱っこし、やっとの思いでバスの先生にそのまま渡し、後をお願いしました。

こんなに泣いているのに預けるのは良くないんじゃないか…でも心を鬼にしなければ…とか、ここで私が弱い思いに負けたら次男はこの先ずっと幼稚園に行けなくなるかもしれないし、家にいては経験できない色んな体験をさせてあげられないのでは次男の為にならない…ああ、バスが来てしまう!今思い出しても喉の奥がギュッと締まるような苦しさも蘇ってきます。

「とにかく、泣いていても預けて下さい。幼稚園に来てしまえば、どうにかなります。」という先生の言葉に一縷の望みを賭け、早く慣れますように、と祈るようにバスを見送る毎日。

その頃の私は、必死そのものでした。

周りのみんなは楽しそうに通っているんだから、次男の適応能力を信じるしかないし、楽しく過ごせますようにと祈るしかない!

かく言う私も、保育園に行くのが嫌な子どもでした…。

その時の記憶が蘇り、子どもを通して当時の感覚を再体験しているのではないかという思いにもなりました。

毎朝泣きはするものの、行ってしまえば楽しさを感じ(ていたと思うのですが)、笑顔で帰ってくる。

そんな次男も年中の半ばにもなれば幼稚園生活に慣れ、色々な経験をして自信も着いたようで、参観などで度々様子を見る限り、とても楽しそうに遊んでいたり、発表をしたり、友達や先生とも見る限り普通に話していました。

幼稚園で過ごした3年間、本人にとって大変さや辛さ、今の不登校に繋がるような嫌な思いなどが心の中にいっぱい残っている可能性は十分ありますし、それらがトラウマになっているのかもしれないと思いつつも、良い思い出ももちろんあり、今でも時々、運動会のかけっこではずっと一番取ったね!とか、みかん狩りの時はこうだった、SL遠足の時はああだった、餅つき大会も楽しかった、等々良い思い出も人並みに残っているようで、楽しげに話す事もあります。

 

不登校の子の家族になって

平日の昼間といえば、子どもは学校へ行く。

それしかないと思っていました。

他の選択肢がある事を以前の私は認識していなかったし、同じ学校に不登校の子や、学校へは来ても保健室登校をしている子がいるのを知っていても、学校へ行かない日々をどんな風に過ごしているのかというところまで、考えは及ばずにいました。

お母さんは大変だろうな、その子も辛いんだろうなという程度の感じ方しかなく、どう接したら良いのかも分からずに傍観者となっていました。

当事者になった時、自分の在り方を恥じました。

声を掛けてくれる人の優しさや、寄り添ってくれる人のあたたかな目線を感じる度に、今まで私が避けて来た事をしてくれる人々のありがたさを感じました。

そして、不登校児を育てる親御さんの気持ちや、それぞれのお宅の状況を見聞きする中で、試行錯誤されている様子を目の当たりにしてきました。

学校へは相変わらず行けない、だんだんゲームをしている時間も長くなってきました。

学校の先生と対話を重ね、外へ目を向けるようにもなり、先生からの提案もあって、不登校の子を支援してくださる市の教育センターへ相談する事になりました。

藁をも掴むような気持ちでこの状況を何とかしたくて、話を重ねていきました。

学校に復帰する為に。

ところが、次男の学校へ行こうという気持ちは一向に戻っては来ません。

これは楽しそうと感じた行事なら行きますが、月に一日もセンターへ行かない事もありました。

時間割のある普段のプログラムには全く行けない状況にどんどん不安は募るばかりで、次男は本当にどうかしてしまったのか…このままセンターに順調に通えたら、いつかまた学校へ行けるようになるんじゃないかという希望を抱いていたのは私だけで、次男はそうは思っていなかったのです。

来れる時だけで良いんだよと言ってくれる先生の言葉を真に受けて良いものかと不安になりました。

休んでいる期間が長ければ長いほど、学校への距離もどんどん遠くなるばかりだと思っていましたから。

センターへ通っている子どもたちの年齢は小学生から中学生まで様々で、学校よりも人数が少なく、比較的に穏やかで優しい子が多いので、環境的には次男も安心していられるようだし、慣れて来てはいるのですが、どうしても続けては通えません。

不登校の子ども本人、そしてその子を見守る家族の気持ちは当事者にならなければ到底分かる筈もありません。

あの時こうしていたら…とか、次男の気持ちを丁寧に見つめて向き合ってきていたらまた「違った今」になっていたんじゃないか、とか、子どもの気持ちが分からないなんてだめだなあ…母親失格かな…そんな事ばかり考えていました。

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